表現を楽しむOitan

是枝監督に開眼させられた
新鋭監督の「映画力」

2022.09/06

地域映画祭の草分けと称される湯布院映画祭や、本サイトでも紹介した「街に愛されている3つの映画館」の存在、瀬々敬久氏や平川雄一朗氏など著名な映画人の輩出など、大分県は映画好きにとってタマラナイ磁場が存在しているのかもしれません。大学在学中に是枝裕和監督のもとで映像制作を学んだ新鋭の宮崎彩さんも、それを証明する一人になりそうです。家族の変容と決別を描いた長編『グッドバイ』、大分市ロケーションオフィスの配信作『青めぐる青』と、新世代映画人の才能の開花に期待を込めて、インタビューしてきました。

  

───学生時代に自主制作の映画を監督し、卒業後は映画会社に就職するとか、映画好きにとっては理想的な生き方ですね。

高校時代までは映像関係の現場で働くとか考えてもいなかったし、特別に映画好きという感じではなく、シネコンに年2、3回足を運ぶ程度でした。どちらかというと小説を読む方が好きで、金原ひとみさんや川上未映子さんといった女性作家の作品をよく読んでいました。

───映画に関心を持ったのは大学へ入学してからですか。

大学では文学部の臨床心理学を専攻したのですが、学部の垣根を超えてフレキシブルに授業が受けられ、そこで映画・映像コースに参加してから映画への関心が高まりました。大分にいた頃は作品の“受け手”という立場でしかなかったのに、実際に“作る側”の人間が居ることが東京ならではですね。その中に聴講生が400人もいる授業があって、監督やプロデューサー、役者といった方々を毎回ゲストに迎えて、教員と対談する内容です。是枝裕和監督はじめ、他にも李相日監督やプロデューサーの小川真司さん、衣装の小川久美子さんといった幅広い分野の著名人がいらっしゃいました。

───それまで映画監督には、どんなイメージを持っていましたか。

特にこれといったイメージはありませんでした。実際の制作現場を見た事がなく、作り手側の実像にまで想像が及ばなかったので。小説の場合、表紙に名前が出ている作家が、ほぼ実像と“ニアリー・イコール”かなという感じで、映画はそれを体系的に作り込んでいくんだろうなと勝手に思っていました。そもそも監督の名前で映画を観るという文化もなく、所詮、地方で育った子どもにとって映画監督の実像は、ぼんやりとしたものでした。

気がつけば映画に熱くなってました

───実際に映画を作る現場に立ち会ったのは?

2年生になった年に新しくスタートした3年生以上対象の実習が、受講生自身が企画を立て、コンペ形式で選ばれた作品を撮影し上映するというものでした。ただし運よく受講できたとしても、沢山の犠牲を払って1年を通じて映画作りにエネルギーを費やすので、果たしてそれが制作未経験の私にとって順当かわからないものでした。そこで3年になる前に少しでも映像制作を体感しておきたいと一般の映画専門学校に通い、半年間ほど映像制作の基礎を学びました。

───映画への情熱も、かなりボルテージが上がっていたのですね。

大分から東京の大学に進学し、サークルに入ったり、社会活動をしたりと、アクティブに動く人も多いでしょうが、私は交友関係も薄く、何か熱中する対象があるわけでもなかったので、それならば映画作りに集中してもいいかなと思ったんです。

───3年生になって実習が始まり、どんな企画をプレゼンしたのですか。

講師には是枝監督もいらして、専門学校ではなく一般の大学で実際に映画を制作するという授業そのものが珍しかったので、注目を集めた実習でした。私がプレゼンした作品は、“排水溝が詰まる”ことをモチーフにした25分の短編映画『よごと』です。

初めての作品のモチーフは排水溝が詰まる!?

───は?、排水溝が詰まる、ですか?

アプローチの仕方もよく分からなかったので、ストーリーだけ長々と書くよりも、撮りたいモチーフを企画書の見出しに置いた方がプレゼンしやすいし、ビジュアルイメージも湧くかなと思ったのです。プロットは、排水溝に髪の毛が詰まるのを見た主人公が、一緒に住んでいる男から日常的に暴力を受けていて、ある日、その髪の毛を取り除いて渦ができたことで、男の元から離れていくのですが、結局もとどおりになってしまうものでした。

───講師からの評価はどうでしたか。

是枝監督や土田環さん(映画研究者)といった教員ウケは悪くなかったと思うのですが、学生ウケは……あまりリアクションが無かったですね(苦笑)。プレゼンに参加した学生はみんな緊張していて、それでも映画を作る情熱を打ち出すのですが、そこから作品に表現された矛盾点を厳しく指摘され、屍(しかばね)のように打ちのめされていくのを目の当たりにして…。私もどんな矛盾を指摘されるのか、あれこれ構えていた記憶があります。お二人とも、どんな企画でも真摯に向き合い、そのぶん容赦なくコメントしてくれました。

苦労を厭わず自主制作映画に没頭”

───初の公開作品となった『グッドバイ』は、どんなプロセスを辿ったのですか。

大学の課題というわけではなく、自分で制作したくて脚本を書き、自分でキャストやスタッフを手配して、制作資金も捻出した完全な自主制作映画です。在学中に撮影をほぼ終わらせ、就職後は働きながら編集に取り掛かり、2021年4月に公開しました。

───映画制作には多額の資金が必要とよく聞きますが、すごい行動力ですね。

学生時代の私は他に大して趣味や関心がなく、卒業旅行も行かなかったくらいで、制作資金はそれまでの蓄えを充てました。学生である自分にはツテがあるわけでもなく、初動時は是枝さんの授業も終わっていたし、映画サークル等に入っていて、「映画、撮ろうぜ!」みたいなノリの人が周辺にいたわけでもありませんし、自ら動くしかありませんでした。ただただ映画をつくりたいという“欲”だけで企画を立てた作品ですから。そういう意味では、人集めの段階が一番難しかったと思います。

───たくさんの人が動くでしょうし、統率力も欠かせなかったのでは。

私はリーダーシップがあるタイプでもありません。でも実際に撮影が始まってしまえば、どれだけ演出で悩もうが、撮影がうまくいかなかろうが、ハイになっているので現場は待ったナシで進んでいきますからね。いまこうやって映画会社に勤務している身からすると、よく作ろうとしたなと自分ながら感心します。拙い部分は多かったけれど、あの時期にしかできなかった作品だったと思います。

同世代の女優と対峙して出来上がった作品

───主演をお願いした福田麻由子さんは、どういう経緯で依頼したのですか。

女優としては子役時代からキャリアがあって、年齢は私と同世代。ドラマを熱心に見ていない私でも、“記憶に残る役者”としてずっと頭の中にありました。20代の女性にシフトした彼女に重なるものがあったので、事務所に手紙を書いたうえでマネージャーさんと直接お話させていただきました。そこから福田さんともお会いして、出演していただけるようになりました。彼女自身はすごく聡明な方で、脚本も丁寧に読まれていて、最初の打ち合わせでも深いところまで話ができ、気になるポイントや、主役の考えに至った行動理由などを二人で照らし合わせ、現場にのぞみました。

───是枝監督からの評価は?

特に褒められはしなかったですね。「ちょっと感情が突出しすぎてるんじゃないか」「セリフはこういう表現ができるよね」「主人公の感情が見えにくい」とフツーにダメ出しされました(苦笑)。それでも「大阪アジアン映画祭」等の映画祭でノミネート上映されました。主演の福田さんやスタッフとは「絶対に劇場公開しよう」と約束していたし、自主制作映画が人の目に触れて配給のきっかけになるので、映画祭への出品は大きな意味があるのです。

子どものいる現場は何が起きるかわからない

───子役の女の子や、保育園の場面も印象に残っています。

女の子はあいちゃんといって、実は子役は彼女だけ。他はお借りしていた園のお子さん達で、演技経験は全然なかったんですよ。あいちゃんは器用に演じてくれましたが、たまにこっちが思うように動いてくれず、色々と事件が起きて面白かったんですよ(笑)。それも含めて子どもを撮るのは楽しいなと思いました。

───どんな事件が起きたのですか。

撮影が進むにつれ打ち解けていきましたが、開始当初は他の園児たちの中で自分だけ蚊帳の外のように思ってしまい、あまり機嫌がよくなかったんです。ただうちの男性カメラマンのことが大好きで、こちらが用意していた上履きを履かないと駄々をこねていたところ、本番直前に「カメラマンさんが履かせてくれるなら履く」となって(笑)。5歳児とはいえ、女の子はマセているなと思いました。

───そのカメラマンもモテ自慢がひとつできましたね(笑)。そうやって映画の現場を経験したから、就職も映画会社だったのですか。

やはり映画を捨てきれませんでした。映画業界はそもそもかなり狭い世界。大手映画会社はただ映画好きが集う訳ではなく、映画をビジネスとして多角的に捉える必要がある。どういう立ち位置で映画と向き合えばいいのか、考え込むこともありました。

大分市ロケーションオフィスからのオファーは地元ならでは

───YouTubeで公開している短編映画『青めぐる青』は、どういう経緯で作ったのですか。

『グッドバイ』を公開して、大分県でもシネマ5や別府ブルーバード劇場で上映していただきました。そのタイミングで母親から「大分市から映画を作ってくれないかと話が来ているよ」と連絡があったのです。うわっ、母を経由して仕事の依頼、地元っぽいと思いました(笑)。

───お母さんが窓口だったんですね。

卒業後は東映に勤務していると公表していなかったので、手がかりがなくて母にたどり着いたのでしょうが、なにぶん会社員だから個人で映画を作る時間はとれないと担当の方に説明しました。そこから上司に「私個人にオファーが来たんですけど、撮影所で受けられますか」と恐る恐る相談したんです。ところが「いいよ、やってみれば」とアッサリ返されて(笑)。東映撮影所がプロダクションとなってくれたおかげで、ポスプロで撮影所も使わせてもらえました。

『青めぐる青』の撮影で再認識した大分の情景

───作品に対する注文はなかったのですか。

コロナ禍に市民へ明るい話題を届けたいという企画意図があり、内容に関しては不問と言われてました。あまりにもざっくりした枠内で考えねばならず、特徴的な建物ばかり映しても脚本がついていかないとか、でも風景を映すための移動撮影は時間と費用がかかるなとか、悩みに悩みました。そこから大分と縁のある役者さんをキャスティングしていけば面白くなるかもと考え、大分県出身の井上想良さん、楽駆さんにお願いし、そこに女優の駒井蓮さんが入ってきてといった具合に、いくつかの要素を積み上げながら固めていきました。

───別府湾を背景にした別大国道や大分川の土手とか、彼らが高校生の時に自転車で移動する回想シーンが目に焼き付きます。

わずか3日間で撮り終えた作品ですが、よく走ってもらいました(笑)。海があって、山があって、道があって、都市がある。車社会の大分の中で、高校生はチャリが主な移動手段だし、大分の情景を違和感なく捉えられるかなと思いました。あまり意識したことはなかったのですが、撮り終えてみると一枚の絵のようになっていて、なかなか壮観だなと感じた“推し”の場面です。

───タイトルの『青めぐる青』もバシッとハマりましたね。

タイトルはなかなか決まらず、最後の編集段階で決まりました。もともとヒロインの駒井さん演じる皐月という役に“青”というイメージがあったし、彼女の冷静で達観している性格、「青春」という言葉、青色が広がる水族館・うみたまご、そして大分の海や川も含めて、このタイトルにしました。

大分でも「映画」を学ばせてもらっています

───作品を観て大分の友人から感想はありましたか。

「アレでOKやったん? だいたい自分、行政とは一番遠いところにおるやろ」と第一声(苦笑)。そもそも「内容は不問」と言われていたのですが、最初に書き上げた脚本に「終わり方をネガティブじゃなくハッピーエンドにしてほしい」とリクエストが入り…。そこから上司に助言をもらったのですが、「クライアントあってのことだし、ほかにも問題のあるシーンがあるのでは」と再考を促されながら、自分の作品としてやりたいことを崩さないギリギリの線で次の稿を出したら、何とか通りました。

───次回作の構想はありますか。

子どもを撮るのはすごく面白い。次に撮るとしたら子ども目線に下げて、子どもから見た大人社会を撮れたらいいかなと思いました。あと、小説を原作にした映画も作ってみたいですね。

───YouTubeなど、発表できる場の大衆化も進んでいますね。

作り手が多発している市場であり、どうやって企画を成立させるかが難しい時代。オリジナルの動画配信も一般的になり、どんどんハードルは上がっています。それでも私は映画館で映画を観るのが好きで、劇場でかかる映画をつくりたい。どうやって闘っていくか、模索しているところです。大分には映画に精通している人がたくさんいて、シネマ5支配人の田井肇さんは、一般社団法人コミュニティシネマセンターの代表理事もされていて、帰省した時は顔を出しています。大分で過ごしていた当時はあまり映画を観なかったけど、今になって地元の映画館に通っている感じですね(笑)。

宮崎彩のオオイタ成分

 

大分県大分市出身。大分上野丘高校卒業後、早稲田大学文学部へ進学。在学中の2017年に映画監督の是枝裕和氏・映画研究家の土田環氏が指導する映像制作実習で『よごと』を製作、第7回カ・フォスカリ短編映画祭に正式出品される。卒業時に製作した初長編『グッドバイ』が「第15回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門」「第21回TAMA NEW WAVE ある視点部門」で上映され、話題を集める。卒業後は東映に勤務。大分市ロケーションオフィスの依頼で2022年4月より短編作品『青めぐる青』をYouTubeで配信開始。
グッドバイ 青めぐる青 一般社団法人コミュニティシネマセンター

 

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